« LOVERS LEAP | トップページ | カウントダウン・クロック »

2008年8月23日 (土)

国産プラモデル50周年

Photo_3  国産第一号のプラモデル、マルサンの1/300「USSノーチラス号SSN-571」が誕生してから、今年で50周年です。今月の30・31日に千葉の幕張メッセで開催される「キャラホビ2008」でも、国産プラモデル誕生50周年を記念した「プラモデルミュージアム」が目玉のようです。

 先日、図書館で「20世紀のプラモデル物語(平野克己著 大日本絵画)」を借りました。この本で一番最初に紹介されているのも、マルサンのノーチラス号です。米レベル社のノーチラス号をコピーした製品ですが、当時の社会倫理からすれば許容範囲だったことや、それまでのブリキ玩具や木製ソリッドモデルから、プラスチック模型への転換点として意義のある製品だったことが記されています。

 さて、この本を借りた理由は、「イマイ サンダーバード2号」が紹介されているためでした。1966年(昭和41年)12月に発売されたサンダーバード2号を、「国産プラモデル史上に金字塔を打ち立てたサンダーバードプラモ全ての原点となったキット」と評しています。

 初版2号のプラモデルを語る時に必ず話題になるのが、小松崎氏が描いたボックスアートを、イマイの担当者が紛失した事件です。この本にもその経緯が書かれています。
 「本来であれば、その小松崎茂の描いたイラストが、サンダーバード2号初版のパッケージを飾るはずであったのだが、原画は事故により紛失してしまう。急遽、ボックスアートは梶田達二に発注され、梶田版ボックスアートによって初版キットの発売となった。1966年/昭和41年12月のことである。そして、年明けには爆発的な売り上げを記録し、イマイのサンダーバードは、プラモデル界の頂点へと昇り詰めて行った。この頃には再度発注していた小松崎版ボックスアートも完成し、1967年/昭和42年2月、新たなパッケージとなって再出発を果たしたのだった。」

 この梶田版ボックスアートは、「サンダーバード プラモ&玩具博物館(伊藤秀明 編/著 ケイエスエス)」の23ページ、「1966年末のサンダーバード商品」で紹介されています。カタパルトから発進する2号と、なぜかスコットが描かれています。

 ところが小松崎一門の最後の内弟子である上田 信氏が、「小松崎 茂 サンダーバード画集(オークラ出版)」の99ページで、このように述べているのを見つけました。
 「(小松崎)先生が担当する前のゼンマイTB2号プラモ箱絵は、梶田達二氏の絵と我々には思われていたのですが、この度、写真のサインから伊藤展安氏画と確認されたのですが....。」の問いに対して、「初版2号の箱絵は展安さんです。この頃、根元圭助さんが小出信宏社に入ってマスコミ系の仕事を紹介していたんで、展安さんにお願いしたと思われます。」と答えています。

 また、「プラモ・ボックスアートの世界 小松崎 茂と昭和の絵師たち(平野克己 編/GAKKEN)」の146ページでは、イマイ会長の勝澤利司氏が「忘却の彼方へ消えた絵と、忘却の彼方を呼び覚ました絵と」と題して、小松崎氏の思い出を記しています。
 紛失の経緯と、小松崎氏に再度依頼した話で、「さすがに小松崎さんも一瞬えっ!と絶句されましたが、直ぐに気を取り直して書き直しを了承して下さいました。しかも僅か数日を待たずして再び同じ絵が出来上がってきたのです。」とあります。
 数日の遅れで小松崎版が出来上がったのに、なぜ梶田版(伊藤版?)を初版のボックスアートにしたのか理由が気になるところです。

|

« LOVERS LEAP | トップページ | カウントダウン・クロック »

コメント

小松崎氏の原画の紛失事件は何かで読んだことがありますが、その顛末がよく分かりました。
ところで「プラモデル」という商標はマルサンのものだったはずですが、50年たったとなると、もう権利が切れるのでしょうか。権利期間は何年なのかは知りませんが、NHKもプラモデルと言うようになるかもしれませんね。

投稿: スタンリーメタボリック | 2008年8月23日 (土) 10時59分

スタンリーメタボリックさん、コメント有難うございます。
「プラモデル - Wikipedia」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB)に、以下のような記述がありました。
商標としてのプラモデル
 プラモデルという名称は、マルサンが1959年(昭和34年)に商標登録したもので、他のメーカーは「プラ模型」「プラキット」など言い方を変える必要があった。商標権はマルサン(改めマルザン)倒産(1968年(昭和43年))に際し大手問屋の三ツ星商店に売却され、1975年(昭和50年)日本プラスチックモデル工業協同組合に移譲された。現在は各社自由に使ってかまわないことになっており、一般化している。メーカーではバンダイとアオシマが自社製品のキャッチコピーに使用していた。

というわけで、自由に使って構わないようですね。

投稿: 雷おやじ | 2008年8月23日 (土) 14時40分

どうも解説ありがとうございます。
永年の疑問が解決しました。

投稿: スタンリーメタボリック | 2008年8月23日 (土) 16時10分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/170903/42237212

この記事へのトラックバック一覧です: 国産プラモデル50周年:

« LOVERS LEAP | トップページ | カウントダウン・クロック »