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2008年8月19日 (火)

崖の上のFAB1

Photo  映画「崖の上のポニョ(宮崎 駿監督 2008年)」を観ました。
 判りやすくハッピーエンドなお話と温かみのある絵ですから、大人も子供も楽しめる映画ですが、パンフレットの1ページ目の「監督企画意図」の最後の行に目がとまりました。
 「少年と少女、愛と責任、海と生命、これ等初源に属するものをためらわずに描いて、神経症と不安の時代に立ち向かおうというものである。」

 「神経症と不安の時代」とは、ほのぼのとした映画に結びつきそうもない言葉ですから、少々驚きました。
 神経症をウィキペディアで検索してみたところ、「神経症(しんけいしょう)とは、精神医学用語で、主に統合失調症や躁うつ病などよりも軽症であり、病因が器質的なものによらない精神疾患のことをさす。軽度のパニック障害や強迫性障害などがこれにあたるであろう。これらはかつて、不安神経症、強迫神経症と呼ばれていた。」とありました。

 「パニック障害(パニックしょうがい)は、強い不安感を主な症状とする精神疾患のひとつ。」で「定型的なパニック障害は、突然生じる「パニック発作」によってはじまる。続いてその発作が再発するのではないかとおそれる「予期不安」とそれに伴う症状の慢性化が生じる。さらに長期化するにつれて、症状が生じた時に逃れられない場面を回避して、生活範囲を限定する「広場恐怖症」が生じてくる。」となっています。

 また強迫性障害に関しては「強迫症状とは強迫性障害の症状で、強迫観念と強迫行為からなる。両方が存在しない場合は強迫性障害とは診断されない。強迫症状はストレスにより悪化する傾向にある。
 強迫観念(きょうはくかんねん)とは、本人の意志と無関係に頭に浮かぶ、不快感や不安感を生じさせる観念を指す。強迫観念の内容の多くは普通の人にも見られるものだが、普通の人がそれを大して気にせずにいられるのに対し、強迫性障害の患者の場合は、これが強く感じられたり長く続くために強い苦痛を感じている。不快な単語が何回も繰り返されるという症状もある。
 強迫行為(きょうはくこうい)とは、不快な存在である強迫観念を打ち消したり、振り払うための行為で、強迫観念同様に不合理なものだが、それをやめると不安や不快感が伴うためになかなか止めることができない。その行動は患者や場合によって異なるが、いくつかに分類が可能で、周囲から見て全く理解不能な行動でも、患者自身には何らかの意味付けが生じている場合が多い。」

 政治経済、国際情勢、エネルギー問題や地球温暖化、冷戦の再燃などなど、不安の時代を生きる人々の心の悲鳴が聞こえてきそうです。

 NHKの深夜番組で宮崎監督のドキュメントを放映していました。「崖の上のポニョ」の絵コンテがなかなか進まない”産みの苦しみ”が何ヶ月も続きます。そして出来上がったのが終盤近く、宮崎さんのお母さんがモデルと言われる老人トキさんと、主人公の宗介が公園で出会う場面でした。宗介もトキさんも、他人のために一生懸命になる場面があります。そんな姿を見て、勇気付けられる観客も多い事でしょう。

 ハム無線(ラーメンに載ったハムと語呂合わせ?)や灯火信号(モールス信号)、ポンポン船やラストに出てくる双発ヘリ(チヌーク)など、男の子の心をくすぐるアイテムの登場は宮崎監督の趣味でしょうか。

 さて、サンダーバードで崖の上と言えば第12話「死の大金庫」です。ペネロープ邸のディナーに訪れたシェルトン卿への呼び出し電話を、監獄仲間のフィンガーに関係するものと勘違いしたパーカーが、ロンドンへ向かわずに突き当たったのがこの崖でした。
 普段はお嬢様に忠実なパーカーが、古い仲間の事となると命令に背いてしまうのが意外でした。その後のお嬢様の暴走ぶりの原因は、単に運転に慣れていないだけではなく、パーカーへの怒りのせいかもしれません。

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