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2008年9月22日 (月)

地球寒冷化?(その3)

Chikyuu_2  地球温暖化(寒冷化?)をめぐる”その3”です。図書館で関連本を何冊か借りてきました。
 「地球温暖化の真実 先端の気候科学でどこまで解明されているか(住 明正著 ウェッジ)」
 ”先端”といっても1999年の発刊ですから一昔前の話で、基本的に「地球温暖化」肯定派ですが、ことさらに危機感をあおるような内容ではありません。この本で一番興味深かったのが『「二酸化炭素排出規制」は経済競争だ』(108ページ~)でした。
 「グローバルな政治・経済を考える時に、相手の国を拘束する条件が必要である、ということになります。もし、それぞれの国が勝手に行動できる、あるいは、それぞれの個人が勝手に振る舞えることになれば、何も考える必要はありません。しかし、個人が勝手に振る舞う事によって、その個人をも含む全体の生存が危うくなるから、各個人の行動を制限する規範なり規則が必要になります。
 国際外交の舞台では、戦後の秩序をつくってきたのは、米ソの冷戦構造、そして核の脅威でした。(中略) ですから、地球温暖化問題が、国際舞台に登場したのが1988年、冷戦構造の崩壊と期を一にしていたことは、偶然ではないと考えています。冷戦構造に代わる、国際社会を構成する束縛条件が必要となったのです。
 地球温暖化問題は、この要件を、実にうまく満たしています。二酸化炭素の排出ということは、化石燃料をエネルギーとして使用するということです。エネルギーの使用とは、単に、先進国や大企業のみならず、発展途上国も個人にも関係する事象です。ですから、エネルギーに関する束縛条件は、企業のみならず個人にも働くといえます。
 しかし、地球温暖化問題が、新たな国際政治の束縛条件として用いられるということは、科学の、というより科学的事実の文脈から、国際政治・国際外交の文脈で扱われ始めたことを意味します。1997年12月の地球温暖化防止京都会議(COP3)以降の地球温暖化についての対応策をめぐる議論は、一面では、経済競争の側面を示しています。」

 地球温暖化問題で「京都議定書」という束縛条件に、がんじがらめになった日本と、その束縛から距離を置くアメリカや中国の「戦略」の違いを感じさせられました。

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