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2013年4月 8日 (月)

ひまわり

 沼津市内の映画館で、語り継ぎたい映画シリーズvol.2「ひまわり(ビットリオ・デ・シーカ監督/1970年)」を観ました。パンフレットに「1980年にリバイバル上映されてから30年目に35mmニュープリント&デジタルリマスター版で上映」とありますので、他の地域では数年前に上映されていたのでしょう。このほかにも「いちご白書(スチュアート・ハグマン監督/1970年)」「眺めのいい部屋(ジェームズ・アイヴォリー監督/1985年)」「アナザー・カントリー(マレク・カニエフスカ監督/1984年)」がありますが、いずれも上映終了です。料金はサービス価格の1000円でした。

 「ひまわり」はTVの洋画劇場で何度か観た記憶があるのですが、映画館で上映するとなればやはり観たくなります。お話はご存じの通り、第二次世界大戦で引き裂かれたイタリア人夫婦の再会と別れです。ヘンリー・マンシーニのテーマ曲はどなたも耳にしたことがあると思います。

 回想場面で描かれるミラノ男とナポリ女の出会いと結婚、短い新婚生活、兵役を逃れるための狂言がばれて東部戦線送りになるのはイタリアのコメディ映画のようです。
 赤旗が翻る雪のロシアの場面は、交戦シーンはありませんがソ連軍の圧倒的な勝利とイタリア軍の敗走を重苦しく描きます。ソ連軍が大砲を撃つ場面はありましたがT-34などの戦車は映らなかったように思います。その他には、ソ連とイタリアの冬の戦闘装備の違いを表現するためか、武装スノーモービル(RF-8/Gaz-98)の記録映像が出てきました。これは、TVアニメ「ガールズ&パンツアー」で、プラウダ高校の隊長カチューシャがベッド代わりに使っていたものなので、興味深く見入ってしまいました。(第二次大戦で使用された戦車を用いる「戦車道」という女子高校生の部活を描いたアニメです。)

 さて、この映画は1970年の作品ですが、年代の設定がよくわかりません。二人の結婚と出兵は1941年頃と思います。イタリア軍の敗走とアントニオがマーシャに助けられるのが、ニコラエフカの戦いとすれば1943年でしょう。戦争の終結が1945年で、イタリア兵の帰還が数年かかったとして、ジョヴァンナはいつごろソ連を訪れたのでしょうか。
 彼女のセリフに「スターリンは死んだのよ!」とありますので1953年3月以降ですが、指導者の死の直後では国内も混乱しているでしょうし、そもそもソ連への入国のハードルはかなり高いはずです。終戦から10年以上が経過して、ようやくソ連を訪れることが出来たのだと思います。

 電撃結婚から10日ほどの新婚生活をしただけの彼女が、10年以上もアントニオが生きていると確信し続けられたのはなぜなのか、映画を観ながら考えてしまいました。旅費もかなりかかるでしょうし、戦友から聞いたドン河という地名だけを頼りに乗り込むのはかなり無謀な話です。アントニオが生きていると信じることが、彼女にとってたった一つの心の支えだったのだと思います。

 もうひとつ疑問だったのが、ロシア娘マーシャがなぜ敵兵のアントニオを助けたのかです。リュドミラ・サベリーエワ演じるマーシャは、お下げ髪をした少女という設定に見えましたが、死にかけの男を雪の上とはいえ引きずって行くのは大変な事です。たくさんの兵士が凍死しているか死にかかっていたはずですが、彼女はなぜアントニオを選んだのでしょうか。彼ひとりだけが生きていたのでしょうか。その他の住民も同じように助けに向かっていたのでしょうか。

 はっきりしたことは判りませんが、ドン河という地名から、スターリングラード(ヴォルゴグラード)周辺が戦闘の舞台だったと考えられます。ウィキペディアに「戦前は60万を数えたスターリングラードの住民は、わずか9796名に激減していた。」との記載があり、マーシャの村では男手が極端に不足していたことが考えられます。敵兵とはいえ人命救助のためだけにマーシャが力を尽くしたとあれば美談ですが、男手の確保という一面もあったのではないかと想像します。命が助かっても、ソ連軍に拘束される恐れはなかったのでしょうか。下手をすれば殺されていたかもしれません。

 アントニオの記憶は一時的に喪失していたようですが、しだいに回復したのでしょう。そのころにはマーシャへの感謝と愛情も芽生えていたことでしょうし、イタリアへの帰国も簡単に認められない状況だったのかもしれません。ジョヴァンナへの想いが消えたとは思えませんが、記憶の隅に押しやっていたのかもしれません。

 
 すべてを悟ったジョヴァンナが帰国したのち、アントニオたちはモスクワらしき都会へ引っ越します。このあたりの時間的な経過もよくわかりません。ジョヴァンナへの想いを断ち切るために、マーシャが望んだことなのでしょうが、知人も同じアパートに越してきたようなので、集団的な移転だったのかもしれません。
 引っ越しをしても彼が虚ろなままなのを悲しむマーシャですが、アントニオを信じているからこそ彼にイタリア行きを勧めたのでしょう。幼い娘カチューシャもいることですし。(彼女があまり成長していない様子からすると、時間的な経過はそれほど長くなかったのかもしれません。)

 ミラノでジョヴァンナと再会し、彼女もまた別の人生を歩んでいることを知るアントニオ。彼女に子供がいることからも、ジョヴァンナの帰国から数年が経過しています。。(再婚相手の連れ子という設定ではないでしょうし。) 彼が旅行を申請してからすぐには許可されなかったことも考えられます

 これらの時間的な経過を考えると、出兵による別れから約15年後のソ連での再会、さらに数年後にミラノで再会となると1960年頃になります。終戦から15年。あまりにも長く続いた苦しみ。戦争が与える悲劇を観る者に訴えます。

 若いころ映画のサントラLPを集めていました。数は少ないですが、その中に「ひまわり」がありましたので、30年ぶり(?)に聴いてみました。哀しみを湛えながらも美しいテーマ曲は有名ですが、ラストのミラノ駅の場面では驚かされました。出兵の際ふたりが別れたのと同じ駅のホームにジョヴァンナを残し、アントニオが永遠に去って行きます。最後まで美しい曲のまま終わると思っていたのに、突き放すかのようなエンディングに哀しみが幾重にも深くなりました。

Cap050
 さて、サンダーバードにひまわりは登場するのか? あれこれ探してみましたが、この場面の後ろに映っている黄色い花がそうかもしれないという程度しか判りませんでした。

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